平成9年、新潟日報に「悠YOU遊」と題して連載された痴娯の家の特集記事を引用して展示品の紹介をさせていただきます。

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平成9年、新潟日報に「悠YOU遊」と題して連載された痴娯の家の特集記事を引用して展示品の紹介をさせていただきます。


平成9年、新潟日報に「悠YOU遊」と題して連載された痴娯の家の特集記事を引用して展示品の紹介をさせていただきます。
定期的に更新しますのでお楽しみに!(^^)!
 
ーなつかしの玩具玉手箱ー
【1】岩下庄司
 「痴娯の家」の意味をよく尋ねられます。本来は稚児です。子供の家ということでしょう。玩具(がんぐ)集めにのめりこんでいた岩下庄司の姿をもじり、痴と娯の字をあてたようです。命名は童話作家の巖谷小波です。
 さて、この痴娯の家は昭和28年の文芸春秋社の「オール読物」8月号に、近藤日出造氏の文と画で全国に紹介されました。大きな反響を呼びましたが、三階土蔵の主・岩下庄司には何の関心もありません。終日人形たちを眺めて悦に入っていました。この様子はローマ帝国時代の集会所コロシアムのようです。もちろん周囲の観客は人形です。柏崎に帰る時、彼の唯一の心配は、背中いっぱい山と買い込んだおもちゃのふろしき包みが、駅の改札口を通るかということでした。
 岩下庄司は郷土玩具以外にもいろいろ集めました。勤王のシンボル「錦の御旗」もあります。もっともその大きさは五月の節句の武者飾りのわきに立つのぼりほどのものでした。なぜ、こんなもが、と疑問視するむきもありますが本人は一向に気になりませんでした。

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