【37】泥面子と鉛面子

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【37】泥面子と鉛面子


【37】泥面子と鉛面子
 竹馬や独楽(こま)とともに、男の子の伝統的な遊び道具とし
て面子(めんこ)がありました。民俗学ではこの種の遊びを「外
遊び」「辻(つじ)わざ」と呼んでいます。辻わさとは、町や村の
路地や辻で、いろいろな技を競うものです。ガキ大将に率いら
た子供たちだけの世界でした。
 面子は古くは「面打ち」「面形」といい、伎楽(ぎがく)面、能
面、神楽面などに源を発し、紙製になり、さらに土焼きになっ
たといわれています。
 すでに江戸時代享保年間(1716-1736)には登場しています。
京阪地方ではメンコ、江戸ではドロメン、青森ではアンコ、
熊本では投げ人形と呼ばれ、全国それぞれの郷土色を持った面
子がありました。写真は江戸の今戸焼です。素焼き無彩で表面
に当時の人気役者の紋、火消しのまとい、相撲などが浮き出さ
れています。種類は二千種にも上りました。
 遊び方は、地面の区画を描いたり、穴を掘ったりして、そこ
に投げ入れます。前の子供の投げた面子に重なれば自分のもの
、穴に入らなかったり、線にかかったりすれば相手にとられま
した。
 これは、「穴一の文銭」と呼ばれる大人の賭け事を模したと
いわれています。明治になり鉛面子、紙面子が現れるにおよび
、次第に姿を消していきました。

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